大水路は、アンドレ・ル・ノートルが設計した最もオリジナルなものです。ル・ノートルは、大水路により東西に長く広がる明るく開けた眺望を実現しました。1668年から1679年までその完成に11年の歳月がかけられた全長1670メートルの大水路では、数多くの水上の祭典が行われ、様々な小舟が波に揺れました。1669年にはすでに、ルイ14世によって大型ボートや軍艦の縮小モデルが運び込まれました。1674年には、ヴェネツィア共和国から王のもとにゴンドラ二隻とその船頭四人が送られます。彼らが泊まった大水路の入り口付近の建物は、その後「プティット・ヴニーズ」と呼ばれるようになったのです。この大水路では、夏には王の船団が水しぶきを上げ、冬には凍った水の上をスケートやそりの音がこだましたのです。
スイス人の池
スイス人の池は、庭園を南北に通る大道路を美しく見せることを目的として掘られました。サン=シールの道路を挟んだ反対側にはオランジュリーが位置します。この大きな池は、アンシャン・レジームの時代には水上の祭典の舞台となりますが、もともとは「くさい池」と呼ばれた沼地地帯で、ヴェルサイユの住人たちの間で流行った様々な病気の源となった地帯でした。1665年以降八角形に整備され、1678年頃にスイス人衛兵隊による拡大工事が施工されました。そして1682年の拡大工事では、池の輪郭は円形に整備されました。工事によって掘り起こされた土は王の菜園に再利用されました。池の南端には、ベルニーニ作のルイ14世をイメージした騎馬像が設置されますが、自分のイメージに合わないという国王の意を反映して、フランソワ・ジラルドンによってマルクス・クルティウス像に作り変えられました。この池からは、200年の歴史のあるプラタナスの並木道、そして今も池に面している「王の格子門」を通って、王の菜園へと通り抜けることができます。