王太子妃の第一の控えの間
この部屋は、礼拝堂のあった場所の一部に対応し、1階と2階を合わせた高さに及んでいました。礼拝堂は1682年に破壊され、その後居室が建造されて、「ラ・グランド・マドモワゼル」と呼ばれたモンパンシエ公爵夫人 (1692年-1693年)、フランス宮廷司祭 (1693年-1706年) 、そして王の衣装の最高責任者 (1706年-1712年)が相次いでここに住みました。1712年、この居室は、ベリー公爵のための衛兵の間にかわりました。1714年7月4日にベリー公が死去すると、この部屋はヴィラール元帥の居室の一部に加えられました。1747年、この部屋は三分の一ほど縮小されて、王太子妃の第一の控えの間になったのです。
部屋を飾っている絵画は、ルイ15世の戴冠式を描いたものです。特に、即位後間もない1716年にイアサント・リゴーにより描かれた若い王の肖像と、1723年にアレクシス=シモン・ベルが描いた戴冠式の衣装をまとった王の肖像が見られます。その他に、ジャン=バティスト・サンテールによるフランス国の摂政フィリップ・ドルレアンの肖像画、またニコラ・ド・ラルジリエールによる2人の高等法院のメンバーの絵があります。ピエール=ドニ・マルタンの2枚の絵は、それぞれ1715年9月12日の高等法院を出る姿と、1722年10月22日の戴冠式後の騎馬行進の模様を描いたものです。

