代々のフランス国王は宮廷人と呼ばれる数多くの貴族を従えていた。君主のお気に入りとして注意を惹くには、王宮にしばしば足を運び、「エチケット」と呼ばれる礼儀作法を守らなくてはならなかった。宮廷人たちは全くの服従を強いられた代わりに、王から財政的な手当てあるいは褒章、またヴェルサイユ宮殿内に住居を与えられ、祝宴や儀式に招待された。
「フランスの全てが王の周りに集められた」ヴェルサイユ宮殿ではその規模のおかげで大勢の廷臣たちが王のそばで生活することができた。宮殿は日によって3千から1万の人々で混雑し、そこには非常に独特な階級社会が形成された。宮廷の住民は、生まれながらに住む権利を持つ者から、社会的責務によって滞在するもの、あるいは私欲や興味本位から宮廷人となった者、または生計を立てるために働く者などと様々であった。上流貴族もヴェルサイユ宮殿の主の愛顧を得ようと宮廷生活の一員となった。
廷臣らは宮殿の礼儀作法に従わなければならなかった。この事細かい規則によって、誰が有力者にいつどこで近づくことができるかを決める優先順位が管理された。振る舞いや言葉使いについても同様に厳しい規則があり、状況によって緻密に使い分けられた。例えば、宮廷人同士がどのようにお互いを呼び合うか、どのように席を取らなけらばらなないか、どのように肘掛椅子や椅子、あるいは腰掛を使用するかなどが取り決められていたのだった。
廷臣たちの中でも地位を持つ者たちは、宮殿で「身を固めた」者といわれた。この地位は相続や売買によって取得されたが、その値はしばしば大変高額なものであった。また地位によって、ある一定の宮廷職や役割が与えられた。重要な地位、特に国務卿などについては、王の承認が必要不可欠であった。 しかし、単なる部屋や床屋の召使に関しては、「王の家」のグラン・メットル(最高責任者)による承認で十分であった。宮殿の住居も非常に人気があった。そこに住むことによって宮廷への行き来の手間を省くことができ、宮廷に出ない時はそこで安らぎのひと時を過ごすことができたからである。王家の王子らは庭園に面した居室を使い、「身を固めた」廷臣らはヴェルサイユ周辺か大共同館や厩舎など宮殿の付属家屋に住んだ。
宮廷で知られるために顔を見せることは大変重要なことであったが、軍や高級官僚の一員として王に仕えることが君主の愛顧を得る最も有効な手段であり続けた。美しい容姿やエスプリなど個人的な資質を武器にするものもいれば、それに対抗して眩いばかりの見事な装いで着飾って王の注意を引こうとする者もいた。ルイ14世は、アンリ4世やルイ13世よりも宮廷に重要な地位を与え、それにより貴族たちは奉仕の意義をあらたに見いだしたのだった。奉仕することは王を喜ばせ王国の役に立つ手段を意味し、そしてその過程で貴族たちの支配を可能にしたこの宮廷生活は結局は王の権威を強化したのであった。