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イチイの木の舞踏会

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1745年2月25日、26日

ドーファン(王太子)とマリー=テレーズ・デスパーニュの結婚式を機会に催された有名な仮装舞踏会が、ルイ15世とポンパドゥール侯爵夫人の愛の始まりになった。二人は以来、別れることがなかったと言われる。

ドーファン(王太子)とスペイン王フェリペ5世の娘マリー=テレーズ・デスパーニュの結婚式を機会に催された有名な仮装舞踏会が、ルイ15世とポンパドゥール侯爵夫人の愛の始まりになった。二人は以来、別れることがなかったと言われる。

ドーファンとマリー=テレーズ・デスパーニュの成婚祝賀の仮面舞踏会が、鏡の回廊において豪華に催された。しかし人々の関心は舞踏会とは別なところにあった。宮廷の人々の間では、王がある無名の女性に恋心を抱いているといううわさで持ちきりだった。その女性とは、ルノルマン・デトワル氏の妻、若くて美しいジャンヌ=アントワネット・ポワソンであった。王はセナールの森での狩猟の際に彼女を見初めたのであった。二人が初めて出会った日がいつであったかは知られていない。

ルイ15世の公式愛妾シャトールー夫人が1744年12月に亡くなって以来、宮廷の女性達は皆自分が次の公式愛妾になることを切望していた。カーニバルの時期であったため、王は仮面舞踏会を催すことにした。身を隠して人々の間に紛れ込むことができるからである。この仮面舞踏会が思いを打ち明ける良い機会となるはずであった。

祝宴は夜の11時半から始まり翌朝8時半まで続いた。明かりに照らされた宮殿に何百という四輪馬車が続々と詰め掛けた。仮面をつけた客達が、招待状は持たずに、ヘラクレスの間に集まった。1万5千人の人々が王の大居室の扉が開くのを今か今かと待っていた。それを合図に仮面舞踏会が正式に始まることになっていた。開始を待つ間、魚料理(四旬節のため)、菓子類、ピラミッドのように積み上げられた果物や砂糖漬、ワイン、リキュール酒など盛大なビュッフェが振舞われた。

扉が開くと、見事な宮廷の衣装に身を包んだ女王、そして羊飼いと羊飼いの娘に扮した王太子と王太子妃だけが姿を現した。その後、8本のイチイの木が現れた。女性達はこの謎の人物たちのもとに駆け寄った。どれが王かしら?イチイの木に扮した人物の一人に挨拶された女性の中には「きっと王だわ!」と叫んで卒倒する者さえいた。イチイの木の1本が突然そこから離れ、美しい羊飼いの娘のそばに寄っていった。王とデトワル夫人に違いない。その推測が正しかったことは次に続いた3つの舞踏会で証明された。王はそれらの舞踏会にその若い婦人を招待したのである。二人が出会う機会は次第に増えていった。1745年9月14日、デトワル夫人はポンパドゥール侯爵婦人として宮廷で公式に人々に紹介された。彼女は1764年に亡くなるまで王の公式愛妾であった。1768年に彼女のあとを継いだのはデュ・バリー夫人である。