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ルイ14世

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太陽王(1638年-1715年)

ルイ14世の「大世紀」は、絶対王政と強大な国家のイメージで表される。若くして王としての職務に付き、マザラン枢機卿の教育を受けた太陽王は絶対主義の基盤を築き上げた。1682年、宮廷を従えてヴェルサイユに居を構えた。権力と欧州における強大な力の誇示として理想的な場所だった。

「ルイ・デュードネ」と呼ばれたルイ14世は、1638年、サン=ジェルマン=アン=レーに生まれた。父親のルイ13世が死去すると、わずか5歳で国王に即位し、母后であるアンヌ・ドートリッシュと代父であるマザラン枢機卿からすべての教育を受けた。マザランは正式に政治教育を担当し、母親は摂政を努めた。ちょうど、パリの上流貴族と民衆の蜂起により起こったフロンドの乱(1648年~1653年)の時期だった。幼いルイ14世は、こうした貴族たちの傲慢さに対する屈辱感と、自国の首都パリで感じた脅威を忘れることはない。

王室

1660年、サン=ジャン=ド=リューズで、ルイ14世といとこでスペイン王女のマリー=テレーズ・ドートリッシュとの結婚式が執り行われた。この結婚は、フランスと隣国スペインとの和解に貢献した。国王と王妃の間には6人の子供が生まれたが、ルイ・ド・フランス以外は夭折した。1683年、ルイ14世は密かにマントノン夫人と結婚し、最初のド・ラ・ヴァリエール嬢、モンテスパン夫人(それぞれとの間に複数の庶子が儲けられた)に次ぐ寵姫とした。

特別展「ルイ14世、人として、国王として」、展示場所