7年の不在の後、宮廷がヴェルサイユに戻ってきた。ルイ15世は曽祖父ルイ14世の宮殿、彼の生まれた宮殿に戻れたことに満足を覚えた。そして、1774年の死の時までその場所を離れることはなかった。
議会による批判、そして自身に向けられる群集の敵意に疲れ果てた摂政がヴェルサイユに戻ることを決意し、これはチュイルリー宮殿で退屈していた若いルイ15世を喜ばせた。国王が不在の間、ヴェルサイユの管理人のブルアンが宮殿を維持し続け、二週間ごとに庭園の噴水を作動させていた。
国王は1722年6月15日の夕刻にヴェルサイユに到着し、パリ通りに集まった群衆が王の帰還を歓呼の声をあげて迎えた。国王が戻ったことにより、ヴェルサイユの街は威光と活気を取り戻すだろう…。ルイ15世は、馬車から降りるとまず王室礼拝堂に行き、 聖体に祈りを捧げ、「敬虔なキリスト教徒の王」を象徴する行いを示した。次に庭園に向かった国王は、暑さにもかかわらず次々に木立の間を歩き回り、側近たちが王に付き従うのが難しいほどであった。その後国王は大居室へ行き、鏡の回廊では床に寝た状態で、曽祖父の勇壮な姿が描かれたル・ブラン制作の天井画をじっくりと眺めたのである。その間、廷臣たちは王に倣って行動したが、摂政はシャツを着替えに行ってしまった。ルイ15世のこうした行動には、ヴェルサイユ宮殿に対する愛着が表れており、宮殿に対する彼の姿勢が凝縮されている。国王は、代々続いてきた一族の伝統を尊重し、従来の宮殿の配置構成を保ちながらも、自身の必要や時代の要請に合わせて改変してゆく。ルイ14世の格式ばったヴェルサイユに、ルイ15世が快適に過ごせるくつろいだ雰囲気のヴェルサイユが加わるのである。
ルイ15世はすぐにかつての習慣を取り戻し、8月15日には、 王家の教会であるヴェルサイユのノートルダム教会で聖母被昇天のミサに出席し、最初の聖体拝領を受けた。そしてその後まもなく、ヴェルサイユ宮殿の改修工事(王室礼拝堂とヘラクレスの間の装飾)を再開させる。そして廷臣たちは、王が戻ってきたことにより、再びその役割を果たすことができるようになった。また、ルイ15世はその年の10月にランスで聖別を受けることになっていたため、この帰還はより象徴的なものとなった。こうしてようやく新しい治世が始まったのである。