コルベールから「同業者の中で最も熟練した腕をもつ」として王に推薦されたブールは、ブロンズと寄木細工の家具の大半を製作した。17世紀、18世紀最大のフランス式家具の家具師といわれる。彼の製作した家具の創造性、豪華さが、ヴェルサイユの名声に大きく寄与した。
アンドレ=シャルル・ブールは、1672年にはすでにルイ14世、王の家族、そして宮廷のためにありとあらゆる種類の家具を制作し、銅と鼈甲の截嵌細工とブールの名は切っても切り離せないものとなっていた。彼が成功を収めた細工のスタイルは「ブール様式」として有名になった。この様式を発明したのはブールではなかったが、モチーフを銅と鼈甲の二つの素材の上で切り取るという新しい技法を編み出したのは彼だった。彼はこの作業で、鼈甲の地に銅の模様をあしらった「表」のパネルと、銅の地に鼈甲の模様をあしらった「裏」のパネルの二つのパネルを作ることを考案したのだった。王太子は1684年から1692年にかけて、ヴェルサイユ宮殿の書斎用にブール様式の羽目板とはめ木の床を注文した。この截嵌細工は18世紀に姿を消している。
ブールが取り入れたその他の画期的な技法としては、家具の壊れやすい部分をブロンズで保護することが挙げられる。怪人面、鉤爪、浮彫装飾、葉模様などがテーブル、書き物机、書斎などのデザインに取り入れられた。ブロンズはまた、振り子時計や掛け時計、枝付き燭台やインク壷などにも使用された。
この高級家具師は、革新的な技術やデザインを取り入れただけでなく、新しいタイプの家具の制作にも力を注いだ。例えば、ブールは1708年、トリアノンのルイ14世の寝室用に、当時は全く新しい家具であった「たんす」を創作。今日ヴェルサイユ宮殿で展示されているブール作の王のたんす二組には、ブールの芸術の素晴らしさが結集している。そこには、独創的な家具の原理やフォルム、銅と鼈甲の截嵌細工、そしてふんだんに施されたブロンズのディテールの全てを見ることができる。その上、この二組のたんすは、彼が後世に残した数え切れないほどの家具の中でも、他の作品と識別することのできる珍しい作品である。また、ブールは王のために、大きくて平らな書き物机や広間の机、宝石箱や巨大な振り子時計なども制作した。
アンドレ=シャルル・ブールは、その作品の美しさと完璧な仕上がりで、フランスのみならずヨーロッパ中で絶大な名声を獲得。その輝かしい顧客リストには、スペイン王フェリペ5世、マクシミリアン=エマニュエル・ド・バヴィエール(バイエルン選帝侯)などが名を連ねた。逆説的にも、ブールは財政難に陥ることがよくあり、ブールを債権者から守るために王が何度か介入しなければならなかった。1732年にブールが亡くなるとそのスタイルは時代遅れとなるが、18世紀中ごろ、そして特に 第二帝政期には再びその複製が作られ人気を博した。