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フレデリック・ヌヴー

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ヴェルサイユとコンピエーニュ宮殿の建築家 (1777年- 1862年)

ルイ=フィリップの美術館の歴史的な部屋を設計した。有名な、戦闘の回廊は彼の名を高めた。

1831年からヴェルサイユ宮殿の建築家を務めたヌヴーは、フランス王ルイ=フィリップからフランス歴史博物館の建築(1833年-1837年)を任された頃に最盛期を迎えた。この博物館の建築を指揮したピエール=フランソワ=レオナール・フォンテーヌ(1762年-1853年)は、ナポレオンとルイ18世のお抱え建築家であったが、1830年のルイ=フィリップの即位に伴ってこの王の建築家となる。

この2人の建築家は、ヴェルサイユ宮殿の南翼の王子たちの居室があった場所に、ルーブル宮殿の大回廊をモデルとして、戦闘の回廊を設計した。「フランスの全ての栄光」に捧げられたこの博物館の精神に基づき、フランスの歴史における大規模な戦闘(496年のトルビアックの戦いから1809年のヴァグラムの戦いまで)を14の絵画で紹介することとなった。この回廊は長さ120メートル、幅13メートルで、フランスで最も有名な軍人の胸像82点、そしてフランスの軍事上の拡大に貢献した人物のブロンズ プレート16点が展示されている。

この同じ精神に沿ってヌヴーは、北翼の1階と中央部の大居室に、フランス史上の重要人物と重要な出来事を紹介する複数の歴史展示室を設けた。ヌヴーは既存の状態をあらかじめ記録しておいたため、この記録が19世紀末と20世紀末に行われた宮殿の修復に役立つこととなる。戦闘の回廊の設置によって南翼の居室は完全に取り壊されたが、大居室は18世紀の状態に戻すことができた。1980年から1986年にかけても、1階の王太子、王太子妃、ルイ15世の王女たちの居室について同様の処置が行われた。1887年から1919年にかけてこの博物館の学芸員を務めたピエール・ド・ノラックは、この単調な博物館に不満を持ち、かつての状態に戻す作業を開始した。

アントワーヌ=フランソワ・ペイルとシャルル・ペルシエという二人の建築家の弟子であったヌヴーは、 ヴェルサイユとコンピエーニュでの業績以外では、ほとんど人々に知られていない。1834年にレジオン・ドヌール勲章を授与されたヌヴーは、1814年と1819年にパリの公立図書館に関する2つのプロジェクト、そして1852年には、ナポレオン3世の大計画によるルーブル宮殿とチュイルリー宮殿の連結プロジェクトに携わった。 しかしこれらのプロジェクトが完成されることはなかった。

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