ルイ16世のお気に入りの建築家 アルドゥアン=マンサールは、治世に実現された最も著名な建築物の設計を手がけた。17世紀末のフランス古典主義を代表する建築家として知られる。18世紀で最も美しいとされるトリアノンのロカイユ様式の木工細工装飾を生み出したのだ。
天才的な建築家アルドゥアン=マンサールの名前は、ルイ14世の治世下における最も輝かしい建築物と結びついている。1674年にサン=ジェルマンの森に建てたヴァル城が、王のために手がけた最初の建築物であった。彼はヴェルサイユにおいて、鏡の回廊や、北翼、南翼、大厩舎、小厩舎、オランジュリー、大共同館、王室礼拝堂、円屋根の木立ち、列柱廊の木立ち、大トリアノン、ノートルダム教会、レコレ修道院など、多数の建築物を手がけた。
アルドゥアン=マンサールは、1675年、モンテスパン夫人のために有名なクラニー城をヴェルサイユに建設した(破壊されたため現存しない)。1676年には、ルーヴォアの依頼を受け、彼の傑作となる有名なドームを頂いたアンヴァリッドのサン・ルイ教会を手がけた。その他、マルリー城と庭園、マントノン夫人のためのサン=シールの館、グラン・ドーファンのためのムードンの新しい城、パリのヴィクトワール広場およびヴァンドーム広場、地方では、アルル市役所、ディジョンのブルゴーニュ大公宮殿なども手がけた。
生前「抜け目のない宮廷人」と言われ、野心家であった彼は、ルイ14世の愛人であったモンテスパン夫人、続いて、陸軍大臣のルーヴォア候の庇護を得て、瞬く間に建築家として最高の地位を手に入れた。1681年には王の主席建築家となり、1685年には王用建築物の管理官、1685年にはその監察官、そして1699年にはその監督官、つまりルイ14世の芸術大臣となった。その才能に満足していたルイ14世は1682年に爵位を授け、1693年には芸術家に与えられる栄誉あるサンミッシェル勲章を授けた。1699年にブルジュ(シェール県)に近いサゴンヌの領地を購入した後は、サゴンヌ伯爵となった。
アルドゥアン=マンサールは、大おじである有名な建築家フランソワ・マンサール(1599-1666)に師事した。王の注意を引こうと、彼は「マンサール」という威信ある名前を自らの名前に加えた。彼の下で、17、18世紀に活躍した室内装飾家(ジャン・べラン、ピエール・ル・ポートル)、建築家(ロベール・ド・コット、ジャック・V・ガブリエル、ジェルマン・ボフラン、ジャン・オーベール、ジャン・クルトンヌ、ピエール・カイユトー、通称ラシュランス)などが育っている。アルドゥアン=マンサールは、ミケランジェロやベルニーニらと並んで、フランスおよびヨーロッパの最も偉大な建築家の一人と見なされている。