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オペラ劇場の再開

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2年の修復工事の末、2009年9月、オペラ劇場が再び公開されました。

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ヴェルサイユ宮殿の購入品

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王妃のグラン・クヴェールの絵画の修復

王妃のグラン・クヴェール

2009年-2010年の大規模な修復プログラムの一つ、王妃のグラン・クヴェールの控えの間の修復

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ヴェルサイユ宮殿の購入品

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2009-2010

ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂のサヴォヌリー絨毯の購入

Jan-2009

この絨毯は、1710年に祝別されたヴェルサイユの礼拝堂の内陣に飾られていた5枚の絨毯の中央の部分にあたるものです。ルイ14世が、サヴォヌリー工場に注文した絨毯です。内陣の最初の3枚は1726年に納品され、続く2枚は1728年に出来上がっています。絨毯の大きさはそれぞれ長さ9m30で、ほぼ正方形の3つの部分から構成されています。5枚の絨毯の合計の高さは22メートルを少し超えています。この絨毯の中央には、フランスの紋章の渦巻模様が表され、それを取り囲むように聖ミカエル騎士団と聖霊騎士団の首飾りが描かれ、その上には閉じられた王冠とその横には2つの開かれた翼、王の杖として正義の手と、王杖が斜め十字図形に配置されています。カルトゥーシュと呼ばれる渦巻き模様は、薄黄色の背景から浮き上がり、自然の花房と果実の飾りが両側にあしらわれています。この品質的にも、保存状態からしても例外的と言える絨毯は、おそらく総裁政府により売却されたと思え、1860年代にウィーンのロスチャイルド家のコレクションの一部として発見されました。

「主要文化財」として分類されているこの絨毯の購入は、トタル社のメセナ事業により可能となったものです。

ヴェルサイユ宮殿の刻印入り腰掛式便器の購入

Jan-2009

リヨンで行われた競売で、ヴェルサイユ宮殿の刻印入り腰掛式便器が購入されました。その昔は数多く納品され、定期的に新調されていたこの日常的に使用される家具は、その多くが革命時に売却されました。この便利な椅子は、ほっそりとした脚の上に置かれた長方形の箱の形をしていました。厳選した一枚のマホガニーから作られ、その表面はくり形で角がありません。奥の板はオーク材で、宮殿の印「W」が黒いインクで書かれ、また王冠「W]の焼印が押されています。しかし、調度品倉庫の登録番号はどこにもありません。あるいは今日ではなくなった便座の上に記されていたのでしょうか? あるいは家具には記されなかったのか、それともその他のものと一緒に納品されたのか?奇妙なことに、一番簡単な家具が、宮殿のコレクションのなかで一番欠けているものなのです。

デュ・バリー夫人の付き添いの間の4つの椅子の購入

Jan-2009

ルイ・ドラノワの証印付で、フランス家具の歴史で大きな反響を呼んだメダイヨン式背もたれ付椅子で最初のものです。ポンティウー・ラブレー、フィンシエール・ド・トゥールノン、フィンシエール・デュ・バックによるメセナ事業のおかげで、「国宝」に指定されているこれらの歴史的な作品が、ヴェルサイユ宮殿のコレクションに入ります。これらの椅子は全部で13脚ありますが、ひとつだけ背の高いのが国王用のもので、1769年末に家具職人ルイ・ドラノワにより製作され、デュ・バリー夫人のためにヴェルサイユ宮殿に納品されたものです。付き添いの間にも13の肘掛椅子、長椅子とついたてが一つずつ新調されました。すべての椅子は、白いサテンで覆われて縁は緑色のサテン、その上夏用に絹で刺繍、冬用にはビロードで刺繍がほどこしてあります。ポンパドゥール夫人の後を継いだルイ15世の公妾デュ・バリー夫人は、1769年から王の死(1774年)までヴェルサイユ宮殿に住みました。彼女は、芸術の愛好家として画家、工芸家を保護し、ヴェルサイユに新古典派の様式を培いました。

ヴィクトワール王女の紋章の付いた書籍三巻

ヴィクトワール王女の紋章の付いた書籍三巻

Jan-2009

コンスタンティノープル総主教ヨハネス・クリュソストモスのホメリアまたは説教は、マタイ福音書全体に関する注釈を含み、ポール・アントワーヌ・ド・マルシイによりフランス語に翻訳されています(アンドレ・プララール出版、パリ)。聖ヨハネス・クリュストモス (347年 ? - 407年) はシリアのアンティオキアで生まれました。彼は397、398年から404年まで、コンスタンティノープルの総主教でした。教会の教父および博士であった彼は、ギリシャのキリスト教教父学の主要な神学者として知られ、その雄弁さのために「黄金の口」(クリュストモス)とも呼ばれました。東方では演説者として非常に人気のある人でした。彼の説教は15世紀以降、ラテン語に翻訳され、16世紀にはその出版数が増えました。フランス語訳が初めて出版されたのは1543年で、提要「 Que nul n'est offense sinon par soymesme 」(自らによることなくして背かれることなし)というものでした。ホメリアのラテン語出版は17世紀では数多く存在しました。フランス語の翻訳は1555年からわずかに見られ、1590年代にようやく数が増加し、17世紀のルイ14世の治世にはピエール・モレルの翻訳のおかげでますます盛んになりました。

ヴェルサイユの知識フォーラムの寄付

たんすの購入

Jan-2009

ヴェルサイユ宮殿国有地公団は、サザビーズ主催のオークションで、もともとヴェルサイユ宮殿にあった家具を購入しました。ピエール・ドゥニゾが、プロヴァンス伯爵夫人マリー=ジョゼフィーヌ・ルイーズ・ド・サヴォワ(プロヴァンス伯爵で後のルイ18世ルイ=スタニスラス・グザヴィエの妻)の居室のために製作し、1771年に納品されたものです。当時はこのプロヴァンス伯爵夫妻が、この主棟の1階にある居室に住んでいましたが、ルイ16世とマリー=アントワネットに最初のドーファン(王太子)が誕生した1781年に場所を譲りました。こうして、たんすはこの居室に戻ることになります。

デュ・バリー夫人の「オー・ザムール」(愛のために)と呼ばれる一対のグラス用クーラー

デュ・バリー夫人の「オー・ザムール」(愛のために)と呼ばれる一対のグラス用クーラー

Jan-2009

これらの2つのクーラーのモチーフは、デュ・バリー夫人が1770年に注文し、同年9月1日に納品された12枚の皿を含む37個の食器一式の装飾と同じものです。 この装飾は、白色を背景にして、底が「タイランディエ風」で、愛とそれを象徴する風景、その周囲にミルトの花飾りが浮き上がっています。
この食器一式には2本の柄付きナイフが含まれていました。2人用、つまりルイ15世とデュ・バリー夫人用に注文されたものだと想像されます。12枚の皿の他に、このセットは6つのコンポート鉢(円形2つ、四角形2つ、貝殻形2つ)、三角形のプレート1つ、アイスクリーム用のカップ5つ、 砂糖入れ1つ、プレート付きのマスタード入れ1つ、篭形の塩入れ1つ、 楕円形の篭1つ、ボトルクーラー3つ、ハーフボトルクーラー2つ、重さ192リーヴルのトペット(細長い瓶)用クーラー2つ、それに重さ144リーヴルのグラスクーラー2つで構成されていました。

この一対のグラスクーラーは、有名な2人用の食器一式を補足するもので、EPV(ヴェルサイユ宮殿美術館国有地公団)が購入したものです。

ポンパドゥール夫人の紋章の付いた「ジョルナル・デ・サヴァン」

ポンパドゥール夫人の紋章の付いた「ジョルナル・デ・サヴァン」

Jan-2009

著作は1704年にアムステルダムで出版されました。452ページあります。装丁は子牛革で、ポンパドゥール夫人の紋章が裏表の表紙に入っています。背を5ヶ所で綴じた製本で、3つの紋章が装飾されていますが、まだ誰の紋章かわかっていません。タイトル部分は赤いモロッコ革使用。

パスカル・モンテの寄贈